


商品スタッフII
忙しくてかなりサボっていたのですが、久しぶりに書いてみようと思います。
突然、上の言葉がひらめきました。
よくソフトやコンピュータの操作で「簡単に」という言葉が出てきます。簡単なことはいいことです。簡単だからわかりやすい。わかりやすければお客さんの食いつきもいいはずです。
しかしこの言葉に長年疑問を抱いています。喩えをあげてみましょう。簡単にカレーライスが作れたり、簡単に自動車が運転できたりすればいいですよね。そのために市販のカレールーやオートマ車があります。これで誰でも簡単にカレーが作れたり、車が運転できたりします(いつからか免許もオートマでいいことになりましたね)。
しかし、市販のルーで作ったカレーはインド料理店では出せません。まして、ルーばかり利用している方がインド料理のコックにはなれません。また、オートマ車でレースには出られませんし、オートマ車を何十年運転しようとも、まともにF1カーは運転できないと思われます。
簡単に使えるものには必ず限界があります。もちろん「俺はインド料理のコックもF1ドライバーもやるつもりはない」という方は多いでしょうけれども、「コンピュータを利用しなければならない」というその道のプロの方は「簡単な」ソフトでいいかどうか考える必要は無いでしょうか。
「あれもできます。これもできます。簡単です」というソフトは多いです。もちろん簡単でしょう。言われた順番で入力していけば、「そのソフトで設定された目標」は達成できるのでしょう。しかしこれはどこか「従業員的」ではないでしょうか?言われたとおりにやるだけの、まさしく「ソフトに使われている」という状態であるように思います。
経営者的なソフトの使い方とは、ソフトの言うがままに使うのではなく、「こちらが主体となってソフトを使ってやる」ということでしょう。こちらの自由な発想を実現してくれるソフトが必要です。単に「決められた順番に入力すれば、あらかじめ設定された結果が出る」だけのソフトであってはならないでしょう。そのソフトの設計者の想定範囲や理解を超える使い方のできるようなソフトでなければならないように思います。これは当然のことです。その道のプロの思考をソフト設計者が想定できるわけがありません。
ただ、あまりにも融通を利かせすぎると、今度は使うのが困難になります。また違う喩えですが、基盤やICやコンデンサなどの様々な電子部品を提供すれば、テレビでもラジオでもステレオでも何でも自分流に作れるとは思いますが、音楽や映像を楽しめるようになるまではかなりの時間が必要です。
簡単に使えるが、しかしユーザの発想によって自由自在に使えるというソフトが理想像です。そのためには「どんな考え方」でソフトを作っていけばよいのか、この点がソフト制作者としてもっとも知りたい点です。
しかし、めまぐるしく発展しているIT業界でもこういった分野の研究は立ち遅れている、というよりも見向きもされていないようです。「あれが簡単になった。これが簡単になった」とは技術系サイトで盛んに報道されていますが、どれもこれも本質的ではありません。
これらを習得するには、インド料理店に弟子入りするがごとく、先人の知恵を少しずつ継承していくほかは無いような気もしています。